【ドクターズコラム】裏出先生に聞く「睡眠って何ですか?」シリーズ2

■睡眠の役割について

2013年から2018年3月筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構分子睡眠生物学教室(教授)を務め、現在は、東京大学医学部付属病院 眼科 特任研究員、北里大学薬学部 客員教授、睡眠機能性研究所株式会社 取締役研究所長など多方面で活躍。

睡眠に関する研究を30年以上続けている世界的な研究者 裏出良博先生に、研究者の視点から睡眠について教えてもらうシリーズ。第2回は「睡眠の役割」についてです。

■睡眠はインプットを遮断するための環境づくり

睡眠の役割のひとつに、覚醒時に学習したことの反復や情報の整理が挙げられます。起きていたときに得た情報を「これは忘れよう」「これは覚えておこう」と分類する。記憶力が問われる試験はもちろん、スポーツでも、たとえば野球や卓球の選手が、打てなかった球が打てるようになるなど、睡眠中の情報整理の効果は全身に及びます。

睡眠中に勉強や練習をしているはずもないのに、なぜこのようなことが起こるのか。そこには、情報の収集と整理の違いがあります。情報収集の作業自体は覚醒中に起こりますが、その情報を意味のあるものとないものとに分ける作業は非常に難しい。いわば流れ作業の中で不良品を見分けるようなもので、処理能力以上に流れてきたら対応できません。

その点、睡眠中は外界からの刺激が入らないため、溜めた情報を処理するのに非常によい環境です。そういう意味では、睡眠はこれ以上情報が入らない状況を意識的に作っているのだと言えます。ちなみに、これは大型の脳を獲得した動物特有の現象で、意図的に外界からインプットを遮断するように進化したのだと考えられます。

■睡眠不足とアルツハイマー病の関係

近年、我々の間で非常に話題になったのが、睡眠不足とアルツハイマー病の発症リスク増大の関連性を指摘した論文1)です。アルツハイマー病は「ベータアミロイド」という物質が脳に沈着することで神経細胞が死滅していき、脳全体が小さくなることを主な原因に発症します。

ベータアミロイド自体は、高齢者だけでなく健康な方でも毎日頭の中で作られています。脳は頭蓋骨の中の脳脊髄液という液体の中にお豆腐屋の豆腐のように浮かんでおり、その脳脊髄液がさまざまな異物を排出することで、ベータアミロイドも固まって沈着したりせず、他の異物と共に日々洗い出されています。

しかし人も動物も起きて活動している間は、実は脳が少し膨らんでおり、頭蓋骨との隙間が狭くあまり排出されません。それが眠ると酸素やエネルギーの消費量が減るため、脳が縮み、それによって脳脊髄液の流れが増え、起きている時より異物を多く排出します。

つまりベータアミロイドの排出も、主に寝ているときのほうが多くなるわけですが、逆に寝不足が続くと、ベータアミロイドが沈着しやすくなり、アルツハイマー病のリスク増大にもつながってしまうというわけです。

■成人後の成長ホルモンの役割

脳以外にも睡眠中に体内で変化は起こっており、成長ホルモンの分泌もそのひとつです。成長ホルモンは寝付いてから約45分~1時間後に大量に出て、徹夜をするとその集中的な分泌がなくなってしまいます。ことわざでも「寝る子は育つ」とあるように、子どものころに規則正しい睡眠を取ることは成長のために非常に大事です。

さらに成長ホルモンは、子どもだけでなく成人後も睡眠中に分泌していることが確認されており、成長期とは何か別の意味を持っていると考えられます。それを示すデータとして1990年にアメリカのDaniel Rudman博士らが、分泌量が減ってきている高齢者へ成長ホルモンを投与する実験を行ったところ2)脂肪の減少や筋肉・骨密度の増加が確認されています。

成長ホルモンがなぜ大人になってからも分泌するのか、理由は不明ですが、健康な生活を送る上で大きな役割を担っていることは確かです。しかし先ほども申し上げたように、徹夜すると分泌されなくなってしまうため、規則正しい睡眠を取ることが大事です。

■いまだ謎が多い睡眠のはたらき

他にも睡眠中にしか起こらない現象はいろいろと発見されてきていますが、睡眠は謎が多く、いまだ解明されていない現象もまだまだ残されています。寝ている間になぜ体温が下がるのか、なぜ徹夜が続くと吹き出物が出るのか、事実として判明していても理由まではわからない。ですが、起床後にミスを見つけられるようになったり、ボールを打てるようになったりと、睡眠中に何らかの作業が脳内で行われていることは間違いありません。

私はよく睡眠をパソコンにたとえるのですが、パソコンもたくさんソフトを立ち上げるとフリーズしてしまいます。しかし電源を落として再起動するとまた動くようになる。一度スイッチオフして不要な情報をリセットすることが重要で、それが脳にも当てはまります。

脳はパソコン以上に複雑で高度な情報処理を行っていますから、定期的にスイッチを落とすことが欠かせないのです。

そして脳の場合、スイッチが落ちた状態でも神経細胞は活動しているため、記憶やパフォーマンス、健康に大きな影響を与えることになります。つまり睡眠の持つ意味というのは、脳と全身、両方の状態に深く関わるものなのです。

1) Xie L, Kang H, Xu Q, Chen MJ, Liao Y, Thiyagarajan M, O’Donnell J, Christensen DJ, Nicholson C, Iliff JJ, Takano T, Deane R, Nedergaard M. Sleep drives metabolite clearance from the adult brain. Science 342(6156), 373-377 (2013).

2) Rudman D, Feller AG, Nagraj HS, Gergans GA, Lalitha PY, Goldberg AF, Schlenker RA, Cohn L, Rudman IW, Mattson DE. Effects of human growth hormone in men over 60 years old., N Engl J Med 323(1), 1-6 (1990).

裏出 良博(うらで よしひろ)

東京大学医学部付属病院 眼科 特任研究員
北里大学薬学部 客員教授
睡眠機能性研究所株式会社 取締役研究所長

1983年京都大学大学院・医学研究科医学博士。83~87年新技術開発事業団・早石生物情報伝達プロジェクト研究員。米国ロッシュ分子生物学研究所や日本チバガイギー国際科学研究所、大阪バイオサイエンス研究所を経て2013年から2018年3月筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構分子睡眠生物学教室(教授)を務め、現在は、東京大学医学部付属病院 眼科 特任研究員、北里大学薬学部 客員教授、睡眠機能性研究所株式会社 取締役研究所長など多方面で活躍。企業と共同研究での睡眠の質を高める物質の発見や、筋ジストロフィーに有効な薬の研究など、研究成果の社会への還元にも積極的に取り組んでいる。

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