今回は、非常に興味深いテーマを扱います。それは「セロトニン(Serotonin)」です。気分や睡眠、食欲を調整するこの重要な物質は、日々のライフスタイルによって左右されることが分かっています。
まずは、世界で最も健康的な食事法の一つに数えられるケトジェニック(ketogenic)食の観点から、食事が私たちの脳内科学にどのような影響を与えるのかを掘り下げていきます。一般的に日本食は健康的だと考えられていますが、精製された白米や砂糖、醤油の過度な使用は、インスリン抵抗性を高め、脳の健康に影響を及ぼす可能性があります。
本記事では、スーパーで簡単に手に入る「本物の」健康的な食材が、心の平穏を維持するうえでなぜ重要なのか、その生物的な理由を分かりやすく解説します。
セロトニンの正体|ホルモンなのか、神経伝達物質なのか?
本題に入る前に、セロトニンの正体を明確にしておきましょう。セロトニンは、血液に乗って全身に影響を与えるホルモンであり、脳内のニューロン間で信号を伝える神経伝達物質でもあります。
驚くべきことに、体全体のセロトニンの約90%は腸(Gut)にあります。残り10%のうち約5%は血液中に含まれ、気分の調節に関わる脳内には、わずか3%ほどしか存在しません。しかし、腸で作られたセロトニンは「血液脳関門(BBB)」という保護膜があるため、脳へ直接入ることはできません。
では、脳はどのようにセロトニンを確保しているのでしょうか。その鍵となるのが、迷走神経(Vagus Nerve)です。腸内のセロトニンが迷走神経に働きかけると、その信号が脳の繊維核(Dorsal Raphe Nucleus)に伝わり、脳内でセロトニンの働きが促されると感がられています。つまり、腸は脳内ホルモンの「リモートコントロールスイッチ」のような役割を担っているのです。
セロトニンを生み出す仕組みと3つの栄養素

セロトニンは、自然界にそのまま存在するわけではありません。体の中で合成される成分であり、そのためには材料となる3つの栄養素が必要です。日本食は、これらの材料をバランスよく含む食事といえます。
第一の栄養素は、セロトニンの原料となる必須アミノ酸「トリプトファン(Tryptophan)」です。スーパーなどで手に入りやすい「納豆」は、大豆タンパク質の中でもトリプトファン含有量がとても高い食材の一つです。また、マグロ、カツオ、サバなどの魚や、卵、豚肉(チャーシュー)なども、インスリンを刺激せずに良質なトリプトファンを補える食材とされています。
第二の栄養素は、トリプトファンがセロトニンに変化する際に欠かせない「ビタミンB6」です。白米の代わりに、サケ、ブリ、鶏肉、そしてアボカドを食事に加えてみてください。これらの食材は、ビタミンB6の優れた供給源となります。
第三の栄養素は、ブドウ糖(Glucose)です。ブドウ糖は、トリプトファンがBBB(血液脳関門)を通過するのを助け、脳内でのセロトニン合成をサポートする役割を果たします。
ここで、多くの方が誤解しやすい点があります。それは、「ブドウ糖がなければトリプトファンがBBBを通過できないのに、ケト食では白米を食べないのではないか」という疑問です。
しかし、私たちの体は糖分を摂らなくても、肝臓で糖を作る働きによって、必要な分のブドウ糖を自分で作り出すことができます。むしろ、砂糖を多く含むパンやソースの代わりに、ホウレンソウやブロッコリーなどの野菜、納豆に含まれる少量の複合炭水化物を取り入れるだけでも、トリプトファンを脳へ届ける「シャトルバス」の働きは十分に果たせます。
腸内細菌と短鎖脂肪酸の働き|納豆や漬物で腸内環境を整える

材料がそろっていても、工場が止まっていては意味がありません。ここで登場するのが、腸内細菌(Microbiota)です。
スタンフォード大学の研究によると、腸内にすむ細菌の種類を増やし、腸内環境を整えるには、糖分の少ない発酵食品を1日1~4回食べることが望ましいとされています。身近に手に入る発酵食品には、納豆、キムチ、チーズなどがあります。
さらに、日々の食生活にブロッコリー、オクラ、キノコなどを加えることで、食物繊維を補うことができます。食物繊維は腸内の善玉菌のエサとなり、短鎖脂肪酸(SCFA)の生産を助けます。
短鎖脂肪酸は、トリプトファンがセロトニンに変換される過程において、重要なエネルギー源となる成分です。このように、発酵食品や食物繊維を取り入れることは、腸内細菌の働きを支え、腸内環境を整えるうえで重要です。
腸内環境が整うと、腸の働きが安定しやすくなり、過敏性腸症候群(IBS)の緩和にもつながる効果が期待できます。また、腸からの信号が迷走神経を通じて脳へ伝わることで、心の安定にも間接的に関わると考えられています。
セロトニンの働きを促す生活習慣

「原料」と「工場」が準備できたら、次に必要なのは、セロトニンの働きを促すための刺激です。
第一の刺激は、「朝の太陽の光」です。朝の光をしっかり取り入れるために、起きてから20分以内に外へ出て、自然光を浴びてください。サングラスをかけるよりも、帽子で日差しを調整し、目から光が入りやすい状態にするとよいでしょう。朝の光は網膜を通じて脳に届き、セロトニン神経の働きを活性化させると考えられています。
第二の刺激は、「リズム運動と咀嚼(噛むこと)」です。ウォーキングや規則的な呼吸、食べ物をよく噛むことは、一定のリズムをともなう動作です。ゆっくり時間をかけて噛むことで、脳幹のセロトニン神経が刺激されやすくなります。これは、食欲の調整やダイエットにも関わる重要なポイントです。
第三の刺激は、「スキンシップや人とのつながり」です。親しい人との会話や抱擁、茶道のような情緒的な交流は、心を落ち着かせるだけでなく、セロトニンの生成を助ける活動としても大切です。
さらに、「4-7-8呼吸法」もセロトニンの働きを促す方法の一つです。まず、4秒かけて鼻から深く息を吸い込み、7秒間息を止めます。その後、8秒かけて口から「シュー」という音を出しながらゆっくり息を吐き出します。ポイントは、吸う時間よりも吐く時間を長くすることです。ゆっくり息を吐くことで、横隔膜付近にある迷走神経が刺激され、その信号が脳の縫線核へ伝わると考えられています。これは、「今は安全な状態だから、心を落ち着かせよう」というメッセージを、脳に届けるようなイメージです。不安感が押し寄せてきたときに、この呼吸を4回ほど繰り返すことで、心身が落ち着きやすくなります。
睡眠の質を左右するセロトニンとメラトニンの関係

ここまでに紹介した内容は、すべて「夜の休息」につながっています。日中に作られたセロトニンは、夜になって暗くなると、睡眠ホルモンであるメラトニン(Melatonin)へと変わります。つまり、昼間に納豆を食べたり、太陽の下で歩いたりすることが、睡眠の質にも関わっているのです。
北欧のように日光が不足しやすい地域で季節性うつ病が起こりやすい背景には、この仕組みが十分に働きにくくなることが関係しているとされています。一方で、ケトジェニック食や適切な生活習慣を取り入れることで、セロトニンからメラトニンへとつながるリズムを自分で整えていくことが可能です。
まとめ|腸内環境を整えて心と体のバランスを維持しよう
脳内のセロトニンを増やすには、十分なトリプトファンを摂ること、発酵食品で腸内環境を整えること、そして朝の太陽光やリズム運動を取り入れることが大切です。腸内環境が整うと、迷走神経を通じて脳へ「心を落ち着かせる信号」が伝わりやすくなります。
納豆や魚、発酵食品など、日本食の知恵を日々の生活に取り入れて、心と体のバランスを整えていきましょう。
この先生が監修しました。

Dr. マイケル・リー
アメリカ・デューク大学2002年卒業。
大学卒業後、大学病院の医師として様々なライフスタイルの患者の治療に従事。
その後、治療現場の経験を生かし、アメリカの大手製薬メーカーJohnson & Johnsonで
医療製品開発の実務経験を積み、2012年にレイコップ株式会社を設立。
医師として、また開発者として、
「人々の暮らしをより健康で豊かに(Better Quality of Life)」という信念に基づき、
「暮らしの中の予防医療」を目指し、日々の生活習慣に溶け込むような製品の開発に取り組んでいる。






