【ドクターズコラム】裏出先生に聞く「睡眠って何ですか?」シリーズ1

【ドクターズコラム】裏出先生に聞く「睡眠って何ですか?」シリーズ1

現代人の睡眠事情について

2013年から2018年3月筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構分子睡眠生物学教室(教授)を務め、現在は、東京大学医学部付属病院 眼科 特任研究員、北里大学薬学部 客員教授、睡眠機能性研究所株式会社 取締役研究所長など多方面で活躍。

睡眠に関する研究を30年以上続けている世界的な研究者 裏出良博先生に、研究者の視点から睡眠について教えてもらうシリーズ。第1回は「現代人の睡眠事情」についてです。

日本人の睡眠時間は「世界ワースト2位」

最近では、睡眠負債という言葉がメディアで取り上げられるようになり、多くの人が睡眠不足の危険性を知る機会が増えました。その背景には、現代人、特に都会で働く人の平均睡眠時間の減少があります。

2014年に全国の10代から60代の男女の睡眠時間を調査したところ、平日は約5人に1人が5時間未満、6時間未満も足すとおよそ半分という結果が出ました。休日は逆に7時間以上の人が半数以上、中でも8時間以上眠る人の割合は平日の約10倍に増加します1)。つまり、平日に蓄積された睡眠不足を休日で取り戻す、寝だめをするという生活の傾向が見て取れます。

また、OECD(経済協力開発機構)が行った、先進国の国民の平均睡眠時間の調査2)では、日本は韓国に次いで2位という結果が出ています。この2カ国の中でも、特に東京・横浜とソウル近辺の人たちの睡眠時間の短さは突出しています。

文化的な背景もあるとは思いますが、短眠の主な原因は長時間の通勤、仕事量の多さ、それに職場での精神的なストレスでしょう。そうした生活では作業効率も週の後半になるにつれて落ちていき、その結果残業も増える。かといって睡眠時間を伸ばそうにも、家にいる時間自体が短いので難しい。こうした悪循環が、都会で働く人に重くのしかかっています。

睡眠研究と睡眠時間、反比例の30年

私が睡眠研究を開始した1980年代は、現在ほど東京に人口が集中しておらず、片道2時間通勤のような事例も多くはありませんでした。睡眠不足が社会にどんな影響を及ぼすかといった統計もあまりなく、眠りを測る技術も当時はアナログ記録計が主流でしたから、参考になるデータも限られていました。

その一方で、一部の研究者たちが脳の働きに興味を持ち、脳科学、ニューロサイエンスと呼ばれる分野が拡大した時期でもあります。私自身は指導教官に誘われ、「なぜ意識がなくなるのか」というテーマで研究を開始しました。人だけでなく鳥もネズミも、危険を冒してまでなぜ命がけで眠らなければいけないのか、脳が働くことではなく「働かなくなる理由」に興味があったのです。

現在では、成長ホルモンの分泌や脳脊髄液を介した脳からの異物の排泄など、睡眠が担う重要な機能が世界中で次々と明らかになっています。しかし対照的に人々の睡眠時間は減り続けている。近年盛んになっている睡眠キャンペーンの背景にはこうした問題への危機感があります。

睡眠不足による経済的損失は約3.5兆円!!

多くの人が経験したことがあると思いますが、睡眠が足りないと仕事上のミスが増え、計算スピードも落ちてしまいます。加えて徹夜が続くと、免疫機能が低下して風邪をひきやすくなるほか、肌荒れや吹き出物も出てきます。

注意力に関しては、飲酒運転(酒気帯び運転)の最低基準は血中アルコール濃度0.03%ですが、徹夜した人と運転スキルを比較したところ、徹夜した人のほうが低スコアだったことがわかっています。飲酒後はもちろん、徹夜した後も運転は控えましょう。

また変化としてよく表れるのが、やたらと食欲がわいてくる。それも濃い味付けの食べ物への嗜好性が強調されるので、普段は食べないような油っこいものや塩辛いもの、甘いお菓子などが食べたくなります。いわば敵から逃げ続けて体がエネルギーを欲しているような状態です。そうした生活を続けていると、塩分や糖分の過剰摂取を引き起こしやすくなり、生活習慣病のリスクも高まります。

ちなみに、2012年に睡眠不足を原因として起きる国内の経済的損失を試算したところ、約3.5兆円に及ぶという結果が出ました3)。ただし当時試算した損失額の主な内訳は、不良品の見過ごしなどの作業ミスが大半のため、生活習慣病や認知症などの健康リスクを加えると更に上昇すると考えられます。

適切な睡眠の長さは何時間?

世間では1日4時間でも健康に過ごせるといった意見もありますが、私は疑問です。確かに、まとまった睡眠が限られた時間しか取れなくとも、高いパフォーマンスを発揮している人も中にはいます。ですがその人たちは、車での移動中や会議の合間など、日中に少しずつ睡眠を取るようにしているはず。トータルの睡眠時間を確保しないと、人の頭はきちんと働かないようにできているからです。

一方で、動物の睡眠時間は環境によっても異なります。たとえば野生の象は1日に4時間程度しか眠らないと昔から言われてきました。彼らは食べ続けないとあの巨大な体を維持できないように進化したため、起きている時間の大半を食事に費やしています。

しかし高カロリーのエサをたくさんもらえるサーカスの象は、もっと長く眠ることが後に判明し、そこから、睡眠時間は生物種のみに由来するものではなく、環境でも規定されるのではないかという疑問が生まれました。

つまり睡眠時間そのものは、何時間が人間にとって最適かというものではなく、複雑な要因から構成されているのではないかと考えられます。

1)アイシン精機プレスリリース:2014年7月25日,全国1,206名の社会人に聞いた「睡眠」に関する実態調査 https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000001.000010795.html

2) Education at a Glance 2014, OECD indicators. https://www.oecd.org/edu/Education-at-a-Glance-2014.pdf

3)内山 真(2012):睡眠障害の社会生活に及ぼす影響と経済損失.日本精神科病院協会雑誌,31,1163-1169.

裏出 良博(うらで よしひろ)

東京大学医学部付属病院 眼科 特任研究員
北里大学薬学部 客員教授
睡眠機能性研究所株式会社 取締役研究所長

1983年京都大学大学院・医学研究科医学博士。83~87年新技術開発事業団・早石生物情報伝達プロジェクト研究員。米国ロッシュ分子生物学研究所や日本チバガイギー国際科学研究所、大阪バイオサイエンス研究所を経て2013年から2018年3月筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構分子睡眠生物学教室(教授)を務め、現在は、東京大学医学部付属病院 眼科 特任研究員、北里大学薬学部 客員教授、睡眠機能性研究所株式会社 取締役研究所長など多方面で活躍。企業と共同研究での睡眠の質を高める物質の発見や、筋ジストロフィーに有効な薬の研究など、研究成果の社会への還元にも積極的に取り組んでいる。

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